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Aug 26, 2010

王滝山頂にも地震計を設置

昨日に引き続き、御嶽山登山。当然ながら足は重い。九人も登れば、年寄りは空身。それでも王滝山頂まで三時間。着いた時にはすでに穴も掘り終っていた。西風ながら、硫黄臭は強い。下りですら二時間、四時に帰途に着くが、疲れ果てた身体で下山後三時間の運転もキツかった。初雪の頃に撤収する。

Aug 24, 2010

御嶽山八合目に地震計を設置

JICA研修生に御嶽火山の話をしたところ、登りたいというリクエストが上がった。どうせ登るなら地震観測はいかがと中道さんが乗ってきた。そんなことで、本日、八合目に登る。モスリムの二人も断食を中断して登る。曇り空は暑くなく快適、だが不摂生の身にはこたえる。明日は王滝山頂に設置する。

Aug 17, 2010

空から御嶽山

国土交通省の災害ヘリで御嶽山を眺める機会があった.上松のヘリポートからわずか10分、王滝山頂である.07年に噴火した火口では依然として噴気が続き,黄色硫黄も着いている.地獄谷の中腹でも噴気は続く.飛騨側に回れば,巌立の溶岩流が見事に流れ下っている.雲でニノ池などの火口湖はみえなかった.次は,アリューシャン列島と同様に,是非ともヘリで機動的な観測をやってみたい.同乗した王滝村村長さんの写真

Jul 30, 2010

王滝での木曽と伊那の理科教師研修

王滝中学の先生の紹介で木曽郡と上伊那郡の理科教師研修会に出かけた.雨の降る中,コーラでの火山噴火模擬実験と溶岩流再現ゼリー,そして産総研の及川さんによる御嶽山火山灰の田の原露頭の見学と盛りだくさん.実験は学生の小澤君と松村君が指揮する.楽しんで御嶽山の火山灰を理解する.大変いいことだ.こんな機会を設けてくれた王滝中学の川上さんに感謝する.

Jul 24, 2010

王滝中学の御嶽山登山

御嶽山周辺の小中学校では毎年夏、御嶽山に登山する.先週は開田中学校が登って五の池小屋で泊まり,コマクサの世話をした.今週は王滝中学2年が登る.生徒6名に引率者が7名.ニノ池新館で一泊し、五の池まで縦走する.この様子がブローグ、銀河の森日記で登山チームの一挙一動として速報されていた(左の写真).ふもとの木曽谷は地域の光ネットワークが完備し、王滝でもわが子の動きが確実に伝わる.登山にはアジア航測の千葉達朗さんも加わり、生徒たちに御嶽火山を現地で説明するはずだった.登山が延期されたゆえ、参加できず、誠に残念.

Jul 18, 2010

「御嶽山」出版のサイトを公開

信濃毎日新聞社から「御嶽山:静かなる活火山」を出版して一ヵ月。もっとも伝えたい地元に本屋さんが少ないという厳しい条件。でも、たとえば中津川の先輩3人で50冊、御嶽の常宿ケヤキの湯で20冊と知人が大奮闘してくれる。ありがたいものだ。また、読んだ人がいろんな感想を届けてくれる。さらに、出版後も御嶽山から嬉しいニュースも、聞きたくないニュースも届く。そんなことを整理して、「御嶽山:静かなる活火山」のサイトを作成した。なお、御嶽山の防災のポータルサイトも準備し、秋までに公開したい。

Jul 10, 2010

王滝中学に小林武彦コレクション

アジア航測の千葉さんが王滝中学で貴重な溶岩コレクションを見つけた。誰が寄付したか不明だがいくつもの溶岩が理科室の前に並ぶ。その一つを見て、千葉さんが驚く。溶岩は1991年雲仙普賢岳噴火の初期のもの、彼自身も持っていないという.さらに86年大島噴火の新鮮な火山弾、ハワイキラウェア火山のペ レーの毛まで。寄付した火山学者の推測が始まった。溶岩の噴出年代、そして御嶽に深い関わりのある人、富山大を辞められた小林武彦さんと意見が一致した.ありがとう、小林さん.粋な計らいです。

Jul 9, 2010

千葉さんと私で王滝中学で御嶽山の授業

御嶽山を調査している千葉達朗(アジア航測)さんがそのふもとの王滝小中学校で火山の授業をしてくれた。79年噴火後に生まれた中学生にとり、活火山として御嶽山を学ぶ機会も少ない。そんなこともあり、私と二人、小学校6年生から中学3年生、計40名の授業となった。小6から4学年の授業に私は苦労したが、千葉さんは86年大島噴火のビデオなど火山噴火の話をうまくまとめた。千葉さんは来週、この中2の御嶽登山に同行する。大学のスタッフ以上の地域貢献に頭が下がる。

Jun 28, 2010

王滝村 中学生までの医療費給食費を村負担

御嶽山の南山ろく 王滝村は赤字再建団体を突きつけられながらも一人でも人口を増やすために粋な取り組みを始めている。四月には小学校の複式化を防ぐために村独自で教員を確保した.第二弾は中学生までの医療費と学校給食費の無料化である(信濃毎日6月12日)。直ちに人口が増えるわけでないが、一人一人を大切にすることは村の再建にとって重要な課題である.子育て支援策拡充へ 王滝村が関連予算案を提出 |

Jun 16, 2010

「御嶽山 静かな活火山」を出版

1979年10月 御嶽山が噴火、実に有史初の噴火だった.そしてその後2回の噴火、ごく小規模な噴火ながらも少しづつ噴火の先行現象が観測できるようになった.地元の人は御嶽山を大神さまと称す、その大神様らしく実に律儀な火山である。先行現象もすこしづつ明らかんなってきた。しかし、地元は地域の存在が問われるほど厳しい条件になっている.そんな中でも、大神様とともに生きる動きが今日も届く。信濃毎日新聞社発行。読者の声や出版後の御嶽の様子 信濃毎日の紹介サイト

Apr 15, 2010

御嶽本出版 再校の投函まで辿り着く

08年年末に、噴火から30年が経過しようとする御嶽山について市民向けの出版を信濃毎日新聞社に申し入れる.企画は採択されたが、それからが大変だった.御嶽山周辺の地域の現状も述べたい.しかし、そんな素養はない.編集員の内山さんに同行願い、王滝村や高山市に取材する.そんなことで、延びに延びた.アップアップしつも、よい編集者に恵まれた.再校原稿を送り,最後まで残った図1枚をセントレアから送る.6月末の出版予定.

Oct 28, 2009

御嶽山の噴火から30年

1979年、御嶽山有史初の噴火から30年が経過した。当時、御嶽山噴火を信じた研究者は皆無だろう。日本の噴火史上で小さな噴火ながらも、御嶽山噴火が与えた衝撃は大きい。なにせ、噴火予知計画にあのセントヘレンズ噴火と並んで記されている。
噴火からやっと御嶽山の火山研究が始まった。そして、地味な研究に取り組んだ若手研究者は最近成果を上げている。火砕流を伴う噴火が最近1万年間に4回、小規模な水蒸気噴火は最低10回、決して侮れない噴火履歴である。
しかし、そんな火山でも最近2回の小規模な噴火は日時が特定できていない。決して観測網は充実していない。そして、周りの町も大変だ。人口1千人を割った王滝村は赤字再生団体を辛うじて避けたが依然厳しい財政だ。高根村も高山市に含まれたが、一気に五活火山を抱えた高山市は火山防災はまだまだだ。
豊かな自然を抱える御嶽山だけに私たちもしっかりとした体制を確立する必要がある。

Oct 16, 2009

御嶽山で地震活動が活発化

御嶽山の東山麓では10月5日から、地震活動が活発化している。12日には震度4となる地震も起きている。Mは4に満たない。この周辺では1976年から30年以上に渡り、群発地震が続く。地震の発生回数は多いが規模はせいぜい4までだ。今年の6月13日に M4.7の地震も発生し、2003年以降、久しぶりの活発化である。気象庁によればすでに260回もごく小さな規模の地震が発生しているという。【右は気象庁による12日の地震の震源地(×)と震度分布(黄色が震度4)】

Oct 4, 2009

王滝村が携帯サイトで御嶽山登山情報を提供

 今年の夏も、高齢者の登山遭難が多く伝えられた。たしかにウェイブサイトでの登山情報は、登山の最中にアクセスも困難で、実際に登山者に情報を提供することは難しい。その点、携帯サイトならば登山中にもチェックが可能となる。そんな意味から、王滝村は御嶽山の登山情報を携帯サイトで提供している。王滝村は赤字財政にも関わらず、07年噴火を契機に王滝山頂まで防災無線を開設した。

Aug 26, 2009

卒業39年後の再会 御嶽山


岐阜大学教育学部地学科を卒業した同級生は私を除けばすべて先生、すでに退職してしまった。年に1回、集まり激励を名目に酒を飲 む。今年は私の馴染み御嶽山の‘ケヤキの湯‘で開く。三々五々に集まり、まずは1回目の乾杯、しんがりは、当日御嶽山に登って来た佐々木先生だった。そして、延々と乾杯が続く。学園紛争を経験した連中だけに確かに強い。私が最後の現役になるが負けそう。