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May 10, 2010

湯豆腐,アタリメと日本の安居酒屋

ハノイの街頭の居酒屋、店舗のない居酒屋、簡単にいえばオープン屋台。周りの客の摘みをキョロキョロすれば、まさに日本の安居酒屋だ。右は皿盛の湯豆腐(ゆでた豆と注文した)、左はあたりめ、スルメだ。マヨ醤油でなくチリソース.茹で殻付き落花生は一皿40円、一人なら十分.生中三杯飲んで200円未満。退職後の飲み場所は決定!

May 9, 2010

日本人が作った?ベトナムのウオッカ

金曜日の夜から研究所の若手に誘われ、ファイホンへ出かける。ファイホン、聞いたような聞かないような地名。しかしつけば思い出した。アメリカが北爆を開始したとき、最初に標的とした大きな港町だ。今も大きなコンテナを引っぱってトラックが往来する。町はコロニアル調の美しい建物が並ぶ。そこの居酒屋で飲んだのが「月」という大正時代のノスタルジアが湧く見事なシールに包まれた古酒だった。飲みすぎてしまった。

May 3, 2010

どこかで見た覚えが でも

アチェの人々は津波がもたらした 悲しさと喜びを夜の屋台で表現していた。ここはハノイ。とにかく、人々は酒を飲む。昼でも後指が指されない。でも、飲む人は田舎で半分、観測チームも半数。呑み助の自己弁護だ。今夜は落花生で生中三杯.身勝手!

Nov 1, 2009

同級生と芋汁パーティ

新米も取れ、野山ではキノコやイモ掘りが始まった。キノコ採りは名人芸の境地だが、山芋掘りはそれなりに努力すれば1本や2本の成果は上がる。そんなことで同級生の草野球チームで芋を掘り、芋汁を楽しむ。でもやはり歳、昔は各自が家へ持ち帰れるほど芋を掘って来たが、昨今は芋汁だけで芋がなくなる。もっとも今の季節はまだ芋の取り入れには少し早く、芋を下せば強烈な灰汁がでる。もちろん、芋を肴に一杯が主目的だ。

Oct 21, 2009

京都 赤垣屋で飲む

京都での地震学会、そこそこに逃げ出し居酒屋赤垣屋に飛び込む。開店早々ながら。既に常連らしき客がカウンターの定位置らしきを占めていた。常連はどこでも角の位置、その常連の間、カウンターの中間に入り、コップで冷酒を楽しむ。しゃべり過ぎない店人も素敵である。
「鰯の煮付け」と頼んだが、こちらでは「鰯の炊いたの」だ。鰯の一夜干し、頭からかぶりつく、生の鰯よりも旨い。魚とおでんの肴でコップ4杯を二時間かけ、ゆっくりと楽しむ。京都大学にも近く、講座のグループもちらほら。
名古屋にも大甚という素敵な居酒屋で、賀茂鶴の樽酒が古風なテーブルで楽しめる。しかし、赤垣屋は、少しばかり肴も手が込み、大人の静かな飲み屋である。

Oct 15, 2009

100時間の断酒

シンガポールからインドネシアに滞在した100時間、酒を飲まなかった。いや、酒がなかった。一晩だけ泊まった豪華なホテルにはビンタンビールがリストアップされていた。面倒で注文しなかった。あとは酒とはまったく無縁の生活だった。でも幸いに指が震えることはなかった。メダンからのシルクエアーの機内でビールを頼む。コップ一杯しか持ってきてくれなかったが、タイガービールもうまかった。

Oct 9, 2009

ベトナム後遺症

ベトナムでは、フォーうどんの朝御飯以外、郷に入れば郷に従えと、昼はビール、夜はウォッカを楽しむ。その天罰が現れた。行く前より体重は二キロオーバー、30インチのジーンズが履けなくなった。一年前は29インチを楽しんでいたのに。そろそろ一念発起しないと大変な事態を迎える。そんなこともあり、リハビリを兼ねて酒に触れる機会がないスマトラに出かけることにした。

Oct 2, 2009

最後の昼もハノイビア


Duongさんと運転手のGuenさんと三人で昼食。やはり、ビアが出てきた。今度は二リットルのアルミ瓶に入ったハノイビア。瓶は洗えば直ちに再利用できる、いとも簡単に空になった。ツマミはお浸しと揚げ春巻、最後は米の素麺ブン。昼寝はなかった。 日本で社会復帰できるだろうか?