Jul 24, 2010

王滝中学の御嶽山登山

御嶽山周辺の小中学校では毎年夏、御嶽山に登山する.先週は開田中学校が登って五の池小屋で泊まり,コマクサの世話をした.今週は王滝中学2年が登る.生徒6名に引率者が7名.ニノ池新館で一泊し、五の池まで縦走する.この様子がブローグ、銀河の森日記で登山チームの一挙一動として速報されていた(左の写真).ふもとの木曽谷は地域の光ネットワークが完備し、王滝でもわが子の動きが確実に伝わる.登山にはアジア航測の千葉達朗さんも加わり、生徒たちに御嶽火山を現地で説明するはずだった.登山が延期されたゆえ、参加できず、誠に残念.

Jul 18, 2010

「御嶽山」出版のサイトを公開

信濃毎日新聞社から「御嶽山:静かなる活火山」を出版して一ヵ月。もっとも伝えたい地元に本屋さんが少ないという厳しい条件。でも、たとえば中津川の先輩3人で50冊、御嶽の常宿ケヤキの湯で20冊と知人が大奮闘してくれる。ありがたいものだ。また、読んだ人がいろんな感想を届けてくれる。さらに、出版後も御嶽山から嬉しいニュースも、聞きたくないニュースも届く。そんなことを整理して、「御嶽山:静かなる活火山」のサイトを作成した。なお、御嶽山の防災のポータルサイトも準備し、秋までに公開したい。

田植えから2ケ月 あと2ケ月で刈り取り

梅雨明け、5月末の田植えから二ケ月、稲は順調に育つ、この間、三回ほど田の草取りに興じる。除草剤は田植え直後の1回だけ。今年は友人から田の草取り機を分けてもらい、おかげで、昨年と比べ、体力の消耗も格段に少なかった。月末から穂が出始め、あと二ケ月で刈り取りになる。10年前、伯母さんから頂いた1反弱の水田だが、6人の家族の食を担った。今や三人、余ってしまう。いつも「おいしい」と自画自賛して白飯をいただくことにしている。

Jul 12, 2010

5年目のJICA研修がスタート

JICA研修コース「地震・津波・噴火」が始まった.今年もフィリピン,インドネシア,ミャンマー,パキスタン.ケニア,そしてベネズエラの6ヶ国から6名が3月までの9ヶ月間,名古屋大学で研修に励む.毎年毎年研修生が異なれば,そのチームも少しづつ違う.果たして今年はどんなチームに育つのであろうか.確実に,当然ながら,研修生の問題意識は高まっている.でも発展途上国の中には災害以前の課題で苦闘する国が増えている.写真は7月末 根尾谷のM8.0 カフェの前で.残念にも閉店していた.

Jul 10, 2010

王滝中学に小林武彦コレクション

アジア航測の千葉さんが王滝中学で貴重な溶岩コレクションを見つけた。誰が寄付したか不明だがいくつもの溶岩が理科室の前に並ぶ。その一つを見て、千葉さんが驚く。溶岩は1991年雲仙普賢岳噴火の初期のもの、彼自身も持っていないという.さらに86年大島噴火の新鮮な火山弾、ハワイキラウェア火山のペ レーの毛まで。寄付した火山学者の推測が始まった。溶岩の噴出年代、そして御嶽に深い関わりのある人、富山大を辞められた小林武彦さんと意見が一致した.ありがとう、小林さん.粋な計らいです。

Jul 9, 2010

千葉さんと私で王滝中学で御嶽山の授業

御嶽山を調査している千葉達朗(アジア航測)さんがそのふもとの王滝小中学校で火山の授業をしてくれた。79年噴火後に生まれた中学生にとり、活火山として御嶽山を学ぶ機会も少ない。そんなこともあり、私と二人、小学校6年生から中学3年生、計40名の授業となった。小6から4学年の授業に私は苦労したが、千葉さんは86年大島噴火のビデオなど火山噴火の話をうまくまとめた。千葉さんは来週、この中2の御嶽登山に同行する。大学のスタッフ以上の地域貢献に頭が下がる。

Jul 5, 2010

名古屋大学にノーベルの道

地下鉄名古屋大学、その二番出口から東に理学部へのアプローチ、改装で新たな散歩道ができた。わずか百メートルながら欅並木、まだ入れたばかりの砂が目立つ。でも、先日は欅を好むオオマダラが飛んでいた。散歩道の終点は、ノーベル賞受賞者が研究生活を過ごした建物、現在、その1階に彼ら三人の受賞記念室がある。短いながらもノーベルの道。帰り道は眼下に名古屋の繁華街が広がる。おいでやす。私の部屋は当然ながらその建物の外だ。

Jun 28, 2010

王滝村 中学生までの医療費給食費を村負担

御嶽山の南山ろく 王滝村は赤字再建団体を突きつけられながらも一人でも人口を増やすために粋な取り組みを始めている。四月には小学校の複式化を防ぐために村独自で教員を確保した.第二弾は中学生までの医療費と学校給食費の無料化である(信濃毎日6月12日)。直ちに人口が増えるわけでないが、一人一人を大切にすることは村の再建にとって重要な課題である.子育て支援策拡充へ 王滝村が関連予算案を提出 |

Jun 16, 2010

「御嶽山 静かな活火山」を出版

1979年10月 御嶽山が噴火、実に有史初の噴火だった.そしてその後2回の噴火、ごく小規模な噴火ながらも少しづつ噴火の先行現象が観測できるようになった.地元の人は御嶽山を大神さまと称す、その大神様らしく実に律儀な火山である。先行現象もすこしづつ明らかんなってきた。しかし、地元は地域の存在が問われるほど厳しい条件になっている.そんな中でも、大神様とともに生きる動きが今日も届く。信濃毎日新聞社発行。読者の声や出版後の御嶽の様子 信濃毎日の紹介サイト

Jun 15, 2010

浅間山 登山道にも噴火警戒レベルの掲示板

浅間山で測量していた。追分から前掛山への登山道入り口に火山活動状況を知らす噴火警戒レベル1がきちんと掲示されていた。その隣は噴火ハザードマップが簡略ながら記された看板だった。ちなみに浅間山では噴火レベルは4月15日に2から1へ落とされた。少しながら、噴火防災も確実に進む。残念ながら浅間山観測所も軽井沢測候所も廃止されている。