Nov 25, 2009

気象庁アメダス観測点47の廃止

民主党政権のもと、自民党政権もやらなかった研究への大幅な予算削減が始まっている。自民党政権下で旧国立大学は人員をこの5年間で5%削減された。今度は研究費の大幅削減である。そんな状況下、気象庁はこの20日から全国のアメダス観測網で47点を廃止した。ほとんどが山間部で維持の費用が大変故、しかもレーダー観測で雨量観測がサポート出きるゆえ廃止したという。またしても、過疎地の観測が削減された。人も少ないようなところに住むべからずである。口では構造改革路線の見直しといいながらも、より強い地域格差が導入されつつある。

Nov 20, 2009

高山市の噴火防災体制

高山市は平成の大合併で周りの町村を吸収し、日本でも最も広域の市町村となった。大阪府に匹敵する広さという。それがゆえ、一気に活火山を5つも持つことになった。しかし、御本家の旧高山市は活火山を眺めるだけで、火山は一つもなかった。そんなことから、噴火防災が大幅に立ち遅れ、今年初めて市としての噴火防災訓練を中尾地区で行った。それもそのはずである。高山市の防災は総務課が担当する。
一方、津波防災で先進的な取り組みを行う錦地区では、2004年に紀勢町として安全防災課が設置されている。三重県の町村としては最初の防災担当課だったという。
高山市の噴火防災を進めるには、まず市の体制づくりが最優先の課題である。

Nov 15, 2009

携帯を持った猿

今年もアチェのGPS観測では地元シアクラ大学の応用物理を学ぶ学生が案内をしてくれた。しかし、昨年以上に英語が通じない、ほとんど通じないに近い。そのくせ、朝から晩まで携帯で通話に戯れていた。ベッドに寝転びながら携帯をしている様はとても尋常ではなかった。日本でいえば、高校生のレベルである。京都大学の正高氏は「ケータイになったサル」と表していたが、まさにそのとおりである。文化が発展しない状況でケータイを持つことは恐ろしいと実感した。

Nov 10, 2009

Gayo coffee

今年もアチェのGayo高地に入った。海岸沿いのビルンから車で3時間の道なり。海抜千mは夜など毛布がないと眠れず、温 水シャワーも必要となる。その高地がGayo coffeeの産地である。道脇でコーヒー豆を干している。このま割のコーヒー屋台ではどこもGayo coffeeが飲める。インドネシア式ゆえに、泥水のコーヒーとなり、少しばかり元気が必要である。しかし、ドロドロの割にはシンプルなうまさが口中に残 る。

Nov 4, 2009

ポケットに入る net walker

シャープが販売するnetbookのパソコンnetwalkerを手に入れる。私のように電車に往復2時間も乗るものにとり、車内は貴重な時間だ。膝上でPCを使って仕事を求めたり、その日の講義の準備もしたりする。もっとも帰りは、酒が入り、PCも開けない。重さ1kgの Let's noteでも鞄が重く感じられ,、そこで重さ400gのnetwalkerとなった。大昔、重さ200g、単二で100時間という優れ物 HP-100 とエディターを愛用していた。ただ、机上のPCとデータ同期に苦労していた。今はウェイブ上のストレージを利用する。家と大学のファイルが何の苦労もなく全て同期している。そんなことから車内は小さい容量のnetwalkerで十分となったのだ。

Nov 3, 2009

アメリカで双子を出産予定

職場の若手スタッフが留学先の米国で出産予定、しかも双子だという。堤未果さんの岩波新書「貧困大国アメリカ」によれば、医療でも格差が広がる米国では、高くなった出産費用が支払えず、日帰り入院で出産するケースも多くなったという。オバマ政権になってから、医療制度の改善が試みられているものの、なかなか一部の国民から税金の無駄遣いという反対意見もあり、まだ軌道には乗っていない。
でも、おめでとう。先月は社会人学生に長男が誕生した。なぜか、私の学生には計5人の子供がいる。来週は4名の子供を引き連れ、PNGからの留学生が入学する。

Nov 1, 2009

同級生と芋汁パーティ

新米も取れ、野山ではキノコやイモ掘りが始まった。キノコ採りは名人芸の境地だが、山芋掘りはそれなりに努力すれば1本や2本の成果は上がる。そんなことで同級生の草野球チームで芋を掘り、芋汁を楽しむ。でもやはり歳、昔は各自が家へ持ち帰れるほど芋を掘って来たが、昨今は芋汁だけで芋がなくなる。もっとも今の季節はまだ芋の取り入れには少し早く、芋を下せば強烈な灰汁がでる。もちろん、芋を肴に一杯が主目的だ。

Oct 30, 2009

三宅から空路 東京へ

三宅には羽田から小型のプロぺラ機DHC-8が飛ぶ。昨年は、日常的に飛ぶものだと思い込んでいて、火山ガスで飛行中止になってから、大慌てで東海汽船に乗り込んだ。今年の研修生は心がけがよいのか、北東の風で火山ガスも阿古地区に流れ、DHC-8が飛んで来て、定刻13時に飛んだ。船に弱い二人の研修生は大喜び。
滑走路の短い三宅島はプロペラ機しか就航しない。しかし、羽田から40分、島の人口2千人を考えればまさに妥当な機種だ。ふんわりと東京湾を縦断するのも楽しいものだ。

Oct 29, 2009

八丈島のエコツァーガイド 岩崎さん

八丈島はGPSが日本に導入され、フィリピン海プレートの動きが検出できると即座にGPS受信機を持ち込んだ。そんなことからしばし八丈島を訪れ、エコツァーガイドの岩崎さんを知る。郷に入れば郷に従えと、4年前からJICA研修生を島内に案内してもらう。華奢な体だが、活動的なガイドさんである。今年は三原山南部でのごみ処理場建設反対で奮闘された様子だ。project wave

Oct 28, 2009

御嶽山の噴火から30年

1979年、御嶽山有史初の噴火から30年が経過した。当時、御嶽山噴火を信じた研究者は皆無だろう。日本の噴火史上で小さな噴火ながらも、御嶽山噴火が与えた衝撃は大きい。なにせ、噴火予知計画にあのセントヘレンズ噴火と並んで記されている。
噴火からやっと御嶽山の火山研究が始まった。そして、地味な研究に取り組んだ若手研究者は最近成果を上げている。火砕流を伴う噴火が最近1万年間に4回、小規模な水蒸気噴火は最低10回、決して侮れない噴火履歴である。
しかし、そんな火山でも最近2回の小規模な噴火は日時が特定できていない。決して観測網は充実していない。そして、周りの町も大変だ。人口1千人を割った王滝村は赤字再生団体を辛うじて避けたが依然厳しい財政だ。高根村も高山市に含まれたが、一気に五活火山を抱えた高山市は火山防災はまだまだだ。
豊かな自然を抱える御嶽山だけに私たちもしっかりとした体制を確立する必要がある。