Jul 31, 2010

見つかってもう1年 放置される根尾谷断層の新露頭

1891年M8.0濃尾地震の震源となった根尾谷断層、今でも多くのところで当時の断層露頭が残る。天然記念物、水鳥では6mの垂直ずれ、そこから10kmほど北、中地区では、畑の境で8mの水平すれがみられる。その中地区で国道のバイパス工事が始まった。すると道路の中央に当たるところに6m以上の大きな垂直ずれが見つかった。それだけに、道路工事は中止された。しかし、いかに保存するか、発見から1年以上が経過してもいまだに決まっていない。
あの神戸地震の震源となった野島断層も変位1-2m、断層を追えるのは10kmほど、それと比べ、大きな根尾谷断層。ぜひとも、きちんと保存してほしい。

Jul 30, 2010

根尾谷断層保存 明と暗

根尾谷断層では高齢化と過疎で、休耕地が増えてしまい、それまで保存されていた根尾谷断層の変位が消えてしまうことが生じていた。私たちも2007年、2008年と岐阜や名古屋の大学生、そしてJICA研修生と草刈りするなどその保存に取り組んでいた。しかし、2009年は残念ながら実施できなかった。地元では本巣市が国の援助で保安に当たる人を確保して断層保存を進めたいとしていた。
この7月末、JICA研修生と根尾谷断層を訪れば、確かに天然記念物の水鳥断層(写真上)はみごとにさっぱりしていた。しかし、水平方向へ8mもずれた中地区では、まったく休耕地になっており、境界に植わった茶樹がすっかりと弱っていた(写真下)。地域の過疎と高齢化はもう地域として対応できないかもしれない。残念。

王滝での木曽と伊那の理科教師研修

王滝中学の先生の紹介で木曽郡と上伊那郡の理科教師研修会に出かけた.雨の降る中,コーラでの火山噴火模擬実験と溶岩流再現ゼリー,そして産総研の及川さんによる御嶽山火山灰の田の原露頭の見学と盛りだくさん.実験は学生の小澤君と松村君が指揮する.楽しんで御嶽山の火山灰を理解する.大変いいことだ.こんな機会を設けてくれた王滝中学の川上さんに感謝する.

Jul 24, 2010

王滝中学の御嶽山登山

御嶽山周辺の小中学校では毎年夏、御嶽山に登山する.先週は開田中学校が登って五の池小屋で泊まり,コマクサの世話をした.今週は王滝中学2年が登る.生徒6名に引率者が7名.ニノ池新館で一泊し、五の池まで縦走する.この様子がブローグ、銀河の森日記で登山チームの一挙一動として速報されていた(左の写真).ふもとの木曽谷は地域の光ネットワークが完備し、王滝でもわが子の動きが確実に伝わる.登山にはアジア航測の千葉達朗さんも加わり、生徒たちに御嶽火山を現地で説明するはずだった.登山が延期されたゆえ、参加できず、誠に残念.

Jul 18, 2010

「御嶽山」出版のサイトを公開

信濃毎日新聞社から「御嶽山:静かなる活火山」を出版して一ヵ月。もっとも伝えたい地元に本屋さんが少ないという厳しい条件。でも、たとえば中津川の先輩3人で50冊、御嶽の常宿ケヤキの湯で20冊と知人が大奮闘してくれる。ありがたいものだ。また、読んだ人がいろんな感想を届けてくれる。さらに、出版後も御嶽山から嬉しいニュースも、聞きたくないニュースも届く。そんなことを整理して、「御嶽山:静かなる活火山」のサイトを作成した。なお、御嶽山の防災のポータルサイトも準備し、秋までに公開したい。

田植えから2ケ月 あと2ケ月で刈り取り

梅雨明け、5月末の田植えから二ケ月、稲は順調に育つ、この間、三回ほど田の草取りに興じる。除草剤は田植え直後の1回だけ。今年は友人から田の草取り機を分けてもらい、おかげで、昨年と比べ、体力の消耗も格段に少なかった。月末から穂が出始め、あと二ケ月で刈り取りになる。10年前、伯母さんから頂いた1反弱の水田だが、6人の家族の食を担った。今や三人、余ってしまう。いつも「おいしい」と自画自賛して白飯をいただくことにしている。

Jul 12, 2010

5年目のJICA研修がスタート

JICA研修コース「地震・津波・噴火」が始まった.今年もフィリピン,インドネシア,ミャンマー,パキスタン.ケニア,そしてベネズエラの6ヶ国から6名が3月までの9ヶ月間,名古屋大学で研修に励む.毎年毎年研修生が異なれば,そのチームも少しづつ違う.果たして今年はどんなチームに育つのであろうか.確実に,当然ながら,研修生の問題意識は高まっている.でも発展途上国の中には災害以前の課題で苦闘する国が増えている.写真は7月末 根尾谷のM8.0 カフェの前で.残念にも閉店していた.

Jul 10, 2010

王滝中学に小林武彦コレクション

アジア航測の千葉さんが王滝中学で貴重な溶岩コレクションを見つけた。誰が寄付したか不明だがいくつもの溶岩が理科室の前に並ぶ。その一つを見て、千葉さんが驚く。溶岩は1991年雲仙普賢岳噴火の初期のもの、彼自身も持っていないという.さらに86年大島噴火の新鮮な火山弾、ハワイキラウェア火山のペ レーの毛まで。寄付した火山学者の推測が始まった。溶岩の噴出年代、そして御嶽に深い関わりのある人、富山大を辞められた小林武彦さんと意見が一致した.ありがとう、小林さん.粋な計らいです。

Jul 9, 2010

千葉さんと私で王滝中学で御嶽山の授業

御嶽山を調査している千葉達朗(アジア航測)さんがそのふもとの王滝小中学校で火山の授業をしてくれた。79年噴火後に生まれた中学生にとり、活火山として御嶽山を学ぶ機会も少ない。そんなこともあり、私と二人、小学校6年生から中学3年生、計40名の授業となった。小6から4学年の授業に私は苦労したが、千葉さんは86年大島噴火のビデオなど火山噴火の話をうまくまとめた。千葉さんは来週、この中2の御嶽登山に同行する。大学のスタッフ以上の地域貢献に頭が下がる。

Jul 5, 2010

名古屋大学にノーベルの道

地下鉄名古屋大学、その二番出口から東に理学部へのアプローチ、改装で新たな散歩道ができた。わずか百メートルながら欅並木、まだ入れたばかりの砂が目立つ。でも、先日は欅を好むオオマダラが飛んでいた。散歩道の終点は、ノーベル賞受賞者が研究生活を過ごした建物、現在、その1階に彼ら三人の受賞記念室がある。短いながらもノーベルの道。帰り道は眼下に名古屋の繁華街が広がる。おいでやす。私の部屋は当然ながらその建物の外だ。